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フルムスのサイトへおいでくださった皆様へ
このホームページにはいくつかの検索キーワードが隠されています。例えば、女性支援であるとか、レディースであるとかオーケストラであるとかです。
もちろんまだこの他にも大事なワードがありますが、大事なのはこのフルムスが女性だけで構成されていて、しかもそのメッセージがどちらかというと男性にではなく女性に向けられているということです。 それは一体何を意味するのでしょうか?
私はよく人に尋ねられます。 「みつとみさんは、女性支援のためにレディースオーケストラをやっていると言うけれど、これだけ女性が社会に進出していていろいろな仕事をやっている世の中なのに、なぜことさら女性支援を歌わなければならないの?」 「それに、生物学的に言えば女性の方がはるかに強い遺伝子を持っているわけで、これから将来あらゆる生物から男性がいなくなり女性だけになってしまうかもしれないというのに今更「女性支援」もないでしょう?」 たしかにこう突っ込まれる方もいらっしゃいます。しかし、これは的はずれではないにせよ、少々早とちりかナ?という気もします。 なぜなら、女性はたしかに社会進出はしたけれど、まだまだ社会の重要なポストは男性が「ここは絶対に渡さん」と頑張っているのも事実だと思います。それに何よりも不公平だと思うのが、社会での「仕事」と家庭や近隣社会(つまり地域社会ですね)での「仕事」のすべてを女性は担わなければならないのに 、男性は社会での「仕事」のみを「仕事」と定義して、女性に不必要な負担を強いていることだと私は思っています。
子育てや地域社会での仕事、そして、家族の面倒、介護など、女性にばかり負担のかかる「仕事」はけっして少なくありません。そうした「仕事」によってせっかく才能を持った女性アーティストが活躍の場を奪われるのは社会にとっても損失だと私は思います。
人は、胎児の時代から赤ん坊の時代までずっと母親の聴く音楽や音、そして子守唄(それがハミングの類いであれ)と一緒に暮らします。母親が作る食べ物を口にして育ちます。
母親には、子供が育ち一人前になったと思った瞬間に、今度は親の世代の介護が待っています。家族の人たちだけでなく、本来、国や自治体がしっかりと面倒を見るべき事柄なのだと思います。しかし、いくら設備が整い介護の人手が足りていても人々の心のケアをするのはそれほど容易ではありません。
人が一生を心おきなく幸せに暮らしていくために音楽のできることはけっして小さくないはずです。小説を1ページ読んだだけですぐに感動することはできません(最後のページまで読まなければ無理でしょう)。同じように、映画も最初のタイトルからいきなり「感動!」というわけにもいきません。しかし、音楽にはそれができます。
優れた音楽家の音は、「たった一音」「たった一つのフレーズ」で人々の心を震わせ、心をつかむことができます。感動を与えることができます。
そんな音楽の力を信じ、それを人々と同じ目線で作っていきたいと願わずにはいられません。
そんな願いをこめてたちあげた女性オーケストラです。 皆様の手で
育てていただきたいと思います。
フルムス音楽監督 みつとみ俊郎
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